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修善寺和紙の里づくり研究会


 修善寺紙「和来(わらい)の里」づくり
【問合せ先】  ノスタルジックロマン修善寺推進委員会  TEL 0558-74-3030  
  修善寺紙の歴史等について
    修善寺紙、古くは鎌倉幕府の手紙やお触れ書きに使われていたとされ、1444年(文安元年)下学集に、“修善寺紙坂東豆州紙名也 薄紅色也”と記され、最も古い史的資料とされています。また、1598年(慶長3年)徳川家康壺形墨印状を修善寺紙谷の紙漉き文左衛門が拝領し、製紙原料採集と幕府御用紙製造を許可され、多くの御用紙を生産してきました。

 なかでも、1684年(貞享元年)文左衛門の先祖が五色の紙=紅紙・朱紙・藍紙・薄様鳥の子・かすり紙を漉き、後に、明治35年頃からみつまたを主とした原料で「いろよし紙(色好紙)」を漉き、明治末期まで漉造していました。

 横縞にとおった簾目と赤色で、非常に薄い紙の特徴を有し、みつまたを原料とした最も古いものとされていました。しかしながら、明治末期の洋紙(機械紙・工業紙)の大量生産に押され、原料の採集も減少し衰退してしまいました。現在、「いろよし紙(色好紙)」の最盛期、明治時代に使用された簀・桁がまだ紙谷の三須家に保存され、ごくわずかですが「いろよし紙(色好紙)」が残されています。

 そのような文化財的価値の高い「修善寺紙」を、現代の手で再興しようと、「修善寺紙を再現する会」が昭和63年に発足し、現在まで研究を続けてきました。

 
  「和来(わらい)の里づくり」について
     平成15年、地元のまちづくりイベントボランティア団体「ノスタルジックロマン修善寺推進委員会」と「修善寺紙を再現する会」が連携し、「修善寺和紙の里づくり研究会」を発足し、地域の活性化の方策として、「和紙の里=和来(わらい)の里(和紙の未来・将来を夢見て)づくり」をテーマにその実現化のために実践を試みています。

 「和来(わらい)の里」という名前は、地元修善寺小学校5年生のアイデアです。小学生も地域づくりに積極的に参加意欲を示し、家庭教育学級の保護者の皆さん、地域住民の植栽地の提供など、多くの方々のご協力とご支援をいただいて活動をしています。

 和来の里では紙谷地区を中心に、和紙の原材料となるみつまた・楮(こうぞ)・トロロアオイなどを植栽し、春はみつまたの花を、秋にはトロロアオイの花を楽しんでいただけるよう育てています。秋の「桂谷八十八ヶ所」巡りには、トロロアオイの黄色い大きな花が咲き、巡礼で疲れたお遍路さんの心と体を癒してくれるでしょう。

 7月7日に竹林の小径にて開催される「和紙の里七夕祭り」の飾りつけは、「修善寺紙」を活用し、修善寺小学校5年生と家庭教育学級生が主体となって行い、「桂座企画委員」の製作した和紙の行灯を、小径や桂川沿いに散りばめて「天の川」を演出し、訪れる方に修善寺の夏の風情を味わっていただければと考えております。

 7月19日(土)から8月24日(日)までの土日祝日には、独鈷の湯公園・桂遊通りにおいて「桂遊縁日」が開催され、地元産品や飲食店などの夜店が軒を並べる中で、「修善寺紙」の展示販売を行います。

 また、11月から3月までの5ヶ月間、毎週土日に「修善寺紙手漉和紙紙谷工房」にて「手漉和紙づくり体験」を楽しんでいただける企画を計画しておりますので、あなただけの「修善寺紙」を作りに、ぜひお立ち寄りください。

 
   
修善寺紙発祥の地-石碑
工房建物
工房入り口
修善寺紙石碑
工房建物
工房入り口
 

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